今回は僕の好きなホラーマンガ家の伊藤潤二先生の作品「億万ぼっち」を紹介します。
伊藤潤二作品は数多く、どれも魅力あふれる作品です。この「億万ぼっち」は短い話ながらも見ごたえのある作品であり、最近ではコロナ禍の予言ではないかとも話題になりました。
最初からネタバレがありますので、まだ億万ぼっちを読んでいなくて結末を知りたくない方は先に読むことをオススメします。本文の最後に億万ぼっちが収録されている書籍を紹介しています。また、ちょっとグロい画像がありますのでご注意ください。
億万ぼっちのあらすじ
そのころ世間では体を縫い付けられた集合遺体が日本各地で見つかっており、そして億万ぼっちの会という謎の団体による電波ジャックやビラのばら撒きなどの事件が相次いでいた。
そんな中で成人式が執り行われることになり、様子を見に来た道夫と夏子が遅れて会場に入ると数百人という新成人は忽然と姿を消していた。後日新成人たちは集合遺体として見つかり、夏子の婚約者も巻き込まれてしまう。
次第に人々は集まることを避け自室に引きこもるようになるが、道夫は夏子に会うため人気のない町を抜け夏子の家にたどり着く。そこで道夫が目にしたのは、両親とペットの犬を縫い付け集合遺体を作る夏子の姿だった。
話はミステリー調で進んでいきます。謎すぎる億万ぼっちの会と集合遺体を中心として展開しますが、もちろん謎解き要素などありません。あくまでホラーマンガらしく理不尽と不気味が大部分を占めています。
物語の結末はヒロインの堀江夏子が集合遺体を作っているというサイコなもの。他の結末も考えられますが、これが最も狂気を感じさせる終わり方で人々の印象に残りやすいと思います。
引きこもりの主人公とその後
主人公の渡辺道夫は外に出たがらず引きこもりであるが、家を訪ねてきた中学時代の同級生 堀江夏子に同窓会へ誘われたことがきっかけで多少の外出はするようになります。
堀江夏子とは小中学校の同級生。学生時代、道夫自身が孤立していたことを気にかけてくれていた唯一の人物ということで道夫の印象に残っていました。久々に再会して綺麗になった夏子の姿に惹かれているような描写があります。現実でも友人に久々に会うと別人のような姿に驚くことはありますが、道夫と夏子のように13歳から20歳になって再会するともはや誰かわからないほど変わっていそうです。
道夫は頻発する集合遺体事件について気にかけており、人が集まると事件が起きるという情報を元に夏子に同窓会を中止するよう進言しています。クリスマスの集合遺体事件後、堀江夏子が心配で成人式の様子をこっそり伺うなど、完全に彼女に対して好意を寄せていますね。そして成人式会場にいた新成人はみな突然消えて集合遺体になってしまったため、遅れてきた道夫と夏子だけが難を逃れました。この時、夏子の婚約者の坂井紀幸も集合遺体になってしまいました。
成人式での集合遺体事件以降、道夫は相変わらず自室に引きこもっていましたが、電話越しに寂しさを訴える堀江夏子に会うため外出。その際、堀江夏子となら集合遺体になってもいいと考えていました。僕も好きな相手と一緒なら死んでもいいという道夫の気持ちは少し理解できます。誰しも愛するものとは一緒になりたいと考えますからね。この一緒になるということには、戸籍上一緒になることだったり、一緒に暮らすことだったりと様々な形があります。個人的に「一緒になる」ということの最たるものは精神的な融合だと考えていますが、だとすれば集合遺体になるということは究極の繋がりなのかもしれません。
道夫は空を見上げ億万ぼっちのビラをばら撒く飛行機を追跡する自衛隊機を見て、億万ぼっちが終わると確信。夏子にあったら好きだと伝えようと走り出します。そして夏子の家に到着するもそこで集合遺体をつくる彼女を目撃してこの物語は終わります。
道夫のその後はわかりませんが、夏子と集合遺体になったんじゃないかと思います。彼は夏子となら集合遺体になってもいいと考えていましたし、その夏子が集合遺体を作っていたのであればその状況を受け入れてしまうでしょう。たとえ夏子を止めたとしても彼女は両親を殺害していますから一緒になることはできずハッピーエンドにはなりません。あの場面において道夫が夏子が一緒になる手段は集合遺体になることしか残されていないように思います。
億万ぼっちの会、集合遺体とはなんだったのか
作中に登場する億万ぼっちの会、その正体や目的は明かされないままでした。活動内容としては飛行機を使って上空からビラをばら撒く、ラジオの電波をジャックして放送をするなどが主なものです。
集まろう!みんな集まろう!ひとりでいたってつまらない。みんな友達!手をつなごう。心の底から触れ合おう。
億万ぼっちの会はビラやラジオなどを使い人々を無意識化で洗脳していたと考えるのが有力でしょう。人々が集まるように扇動し、そして集まった人々を集合遺体にしてしまう。集合遺体は全国で確認されていることからかなり巨大な団体の可能性もあります。
作中では人の集まるところに億万ぼっちの会が現れて集合遺体をつくっていると考えられていました。しかし物語の結末で堀江夏子が自ら家族の集合遺体を作っていたことから、集合遺体は遺体になった本人たちによって作られたものであり集団自殺の可能性が高いと思います。億万ぼっちに洗脳された結果、自ら進んで集合遺体となったのです。作中でも「被害者に目立った外傷が無く抵抗した様子もない」と言及されています。集合遺体の人々が億万ぼっちに洗脳されたのか、それとも億万ぼっちの会の信者だったのかはわかりませんが。
心の底から触れ合おうというフレーズにもある通り、集合遺体そのものを作ることが目的ではなく、相手と触れ合うための手段として集合遺体が選ばれているのでしょうね。
億万ぼっちはコロナ禍を予言していた?
近年、この億万ぼっちという作品がコロナ禍を予言していると話題になったそうです。
コロナ禍ではなるべく外出を控えることや人と距離を取ることが推奨されています。もちろん人が集まることは良しとされていません。最近だと音楽イベントで多くの人が密集していたとメディアが極端に問題視していました。そもそも感染する状況をなくしてしまおうとするこの対策はウイルスにはある程度有効です。
一方の億万ぼっちの世界では人が集まると集合遺体にされてしまうということで、なるべく人と会わないようにしていました。作中でもどのようにして集合遺体になってしまうのかは判明していませんでしたし、厳重な警備の元でも集団失踪からの集合遺体という流れになっていました。前述の通り僕は本人たちの自殺と考えていますが、億万ぼっちの世界の人は集合遺体になることに対してとても怯えており、結果としてみんな引きこもりのぼっちになりました。
コロナは感染すると隔離されますし、容体が悪化すれば死んでしまう場合もあります。その場合でも病室に家族や友人は入れてもらえません。死ぬときは一人ぼっちです。逆に集合遺体は互いの体が縫い付けられておりみんなで死ぬものです。死ぬ時も死んだ後もずっと誰かと一緒です。ですから死の状況という点で考えれば集合遺体よりもコロナの方がよっぽど“ぼっち”に思えてしまいます。
ひとりでいるべきだが集まっちゃって集合遺体になる億万ぼっちと、ひとりでいるべきだが集まっちゃって集団感染するコロナは似てるといえば似ているのですが、この漫画はコロナ禍の予言でもなんでもなくただ単に状況が似ていただけだと思います。ウイルスと集合遺体じゃ話が全然違いますからね。
僕の好きなシーン
見開きの集合遺体。
非常に大きな絵でインパクトがあります。また男女が縫い付けられて死んでいるというわかりやすい異常性がとても不気味ですね。不気味なシーンではありますがこの集合遺体の造形にはどこか美しさを感じるあたりもポイントです。
クリスマスの集合遺体。
ツリーが飾られている広場に様々な形の集合遺体があってとても楽しい一コマです。円形になっているものやツリーの装飾に使われている者、ペナントのような形のものなど創意工夫を凝らした縫い付け方から集合遺体へのこだわりが伺えます。
最後の堀江夏子。
家族を縫い付けている横顔がとても美しい一コマです。やっていることは異常そのものなのですが、美しさとの対比によってどちらも引き立てられています。堀江夏子はとてもまともなキャラだったのに最後の1コマでいきなり狂っちゃった衝撃。
億万ぼっちが収録されている書籍
「億万ぼっち」は「伊藤潤二短編集BEST OF BEST」と「地獄星レミナ」に収録されています。
「伊藤潤二短編集BEST OF BEST」は伊藤潤二の短編作品がいくつか収録されている短編集です。本のサイズはB5判と一般的なのマンガ本よりも二回りほど大きいため、線の一本一本まで綺麗に見えますし一部カラーのページもあります。大迫力の美しくも不気味な絵が満足度の高い1冊となっています。こちらは電子書籍よりもぜひ紙での購入をおすすめします。
「地獄星レミナ」にも億万ぼっちは収録されています。地獄星レミナはB6判の単行本でカラーページはありません。億万ぼっちが読みたい場合は短編集の方がオススメです。ただ地獄星レミナ自体がとても良い作品なので合わせて読むならこちらもオススメです。
外出や集合が良しとされないコロナ禍の今だからこそ億万ぼっちは考えさせられる作品ですね。億万ぼっち億万ぼっち…
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