書評や作品の感想

【考察】「消えていくカナの日記」におけるカナの正体

先日、Webメディア オモコロにて公開された雨穴さんの「消えていくカナの日記」という記事があります。

この作品はブログを題材にした創作のお話です。雨穴さんの記事ということでいつも通りクオリティの高い作品になっています。特に今回の作品は普通に読み進めるだけで伏線とその回収がわかりやすいものになっています。しかしすべてが明かされているわけではなく、読者の想像力を掻き立てる要素が散りばめられており、読み終えた後も作品について考える余地を残しています。

今回はこの「消えていくカナの日記」についての考察記事です。僕なりにいろいろと考えてみました。考察記事なのでネタバレを含みます。元の記事を見ていない方(いないと思うが)はこの記事を読む前に以下のリンクから元記事を先に見てください。

ブログ:【奇妙なブログ】消えていくカナの日記 - オモコロ

動画:【奇妙なブログ】消えていくカナの日記 - YouTube

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「消えていくカナの日記」の内容と真実

まず普通に読んだ場合の「消えていくカナの日記」の内容は以下の通り。

  1. 冒頭で精神疾患者は不思議な絵を描くことがあるという前提について説明される。
  2. Sさんという方が見つけた「消えていくカナの日記」というブログ。
  3. 2008年5月3日に開設されたケントとカナというカップルのブログ。書き手は常にケント。カナの書き込みは一度もない。
  4. ブログの初期はカナとケントの日常について書かれている。カナの絵がよく掲載されている。カナは絵が上手。
  5. 日を追うごとにだんだんと崩れていくカナの絵。その後ブログ内でカナは精神疾患者であるとケントから明かされる。
  6. ブログの後半はケントのカナへの思いや看病のことが書かれている。
  7. 2008年9月18日を最後にブログの更新はない。
  8. Sさんはカナの絵を当時付き合っていた彼女に見せた。すると彼女は絵に見覚えがあるという。カナの絵は市販のカレンダーに載っていた写真を模写していることが判明する。
  9. Sさんはブログにカナの絵が掲載された日付に合わせてカナの絵を並べてみた。絵が繋がり「タスケテ」という文字の形になる。
  10. Sさんは警察にこれを報告。警察には進展があっても知らせないでほしいと頼む。
  11. そして数年前、Sさんは犯罪心理と描画テストという本にケントの描いた絵とよく似た絵を見つける。Sさんはケントが捕まったと思った。

そしてSさんの導き出した真実は以下の通り。

  • ケントはカナを監禁していた。
  • ケントは精神疾患者。
  • カナは精神疾患を演じていた。
  • カナは絵を通してブログの読者に「タスケテ」のメッセージを送っていた。
  • ケントは捕まった。

この作品は最初に“精神疾患者”、“絵”というキーワードが提示されています。なので読者はそこに注目しながら作品を読み進めていきます。作品を通して読者の考えは以下のように移り変わります。

  1. 最初の提示:精神疾患者はおかしな絵を描くことがある→読者:おかしな絵を描くのは精神疾患者
  2. ブログ:日を追うごとに崩れていくカナの絵→読者:カナが精神疾患者であると考える
  3. Sさんの推理:カナが助けを求めている→読者:実はケントが精神疾患者であったと気づく
  4. 後日談:市販の本にケントの絵が掲載されている→読者:ケントは捕まった

この作品は事実とSさんの憶測で成り立っています。

事実

  • ジェーン失踪事件
  • 犯罪心理と描画テストという本の存在

Sさんの憶測

  • ケントによるカナの監禁
  • ケントの精神疾患
  • ケントが捕まったということ

最初から最後まで伏線を回収して綺麗にまとまっているように見えますね。しかしいくつか疑問は残ります。

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「消えていくカナの日記」の疑問点

「消えていくカナの日記」というタイトル

ケントが書いているブログは「消えていくカナの日記」というタイトルです。このタイトルには違和感を覚えます。なぜこのようなタイトルなのでしょうか。

このブログはケントとカナの日常について書かれています。途中からカナの精神疾患により内容が変わりますが、最初は普通のカップルのブログです。”消えていく”という言葉はあまりポジティブな印象を与えません。普通カップルのブログにつけることはないでしょう。

初めからこのタイトルではなく別のタイトルだったのかもしれません。ケントもブログに書き込んでいますが”精神疾患が原因でカナが消えてしまう”と思い途中でブログタイトルを変えた可能性はあります。それでも違和感は拭えません。もし病気の彼女についてブログを描くのであれば“消えていく”なんてつけるでしょうか?“カナの闘病記”などであればまだ理解できますがこんな先のないネガティブなワードはつけるはずがありません。

もし最初から「消えていくカナの日記」というタイトルであったとすれば、ケントの中ではブログ開設時からカナが消えていくことが確定していたと考えられます。つまりケントはカナが消えていくことを知っていたということです。大好きな彼女が消えることが確定しておりそれを知っていたというのはどういうことでしょうか。カナの精神疾患のことではないと思います。カナの精神疾患にケントが気づいたのは5月下旬です。ブログ開設から1か月後でした。ブログの開設時にはカナは正常(?)でした。ブログ開設後にカナが消える要因が発生しているので開設時のタイトルには影響しないはずです。

ということは、もしかするとこのブログの開設時にはもうカナは消えていたのかもしれません。カナはブログ開設時にはもう存在していない、あるいは存在しなくなることが決まっていたのでしょう。ケントはカナがいるように自作自演していた可能性はありますね。悲劇の主人公を演じることを目的としてこのブログは開設されていたのかも。

ケントはなぜ捕まったのか

Sさんは犯罪心理の本にケントの描いた絵と似た絵が掲載されていることから“ケントは捕まった”と考えていました。これは正しいと思います。別人がほとんど同じ絵を書くとは思えませんので本の絵はケントのもので間違いないでしょう。そして犯罪者の書いた絵が掲載されている本にケントの絵が載っているということは、ケントは犯罪で捕まったという証明になります。

ではケントは何の罪で捕まったのでしょうか?明言されていませんが普通に考えれば“カナの監禁”です。

おそらくカナの捜索願が両親等から出されており警察が捜査した結果、ケントが逮捕されたという感じでしょうか。監禁が発覚するパターンの多くは監禁されている人間が逃げ出すことですが、ブログの記述通りであればカナは足が衰えていたはずなので簡単に逃げることはできないと思います。よって今回は第三者の介入で監禁が発覚したと考える方が自然でしょう。そしてケントは逮捕されてカナは助かった。これが通常の解釈です。

ケントの描いた絵に戻ります。ブログに載っていた絵と本に載っていた絵はよく観ると少しだけ異なっています。
どちらも共通して木とベンチが描かれています。ハッキリと違うのは切断された枝の数。ブログの絵では4本ですが本の絵では5本です。

この枝は何を意味しているのか。おそらく人体ではないでしょうか。

ブログの絵にある4本の切断された枝。この位置は人体の四肢に当てはまります。つまり四肢の切断。実際にカナが四肢を切断されていたのかは分かりませんが、カナは監禁されて身動きが取れない状態であったことは確かです。

そして本の絵にある5本の切断された枝。4本に加えて0時の方向の枝が切断されています。これを人体の位置に当てはめると、“首”です。首の切断。もしかしたらカナは殺害された可能性がありますね。

明言されていない以上、真相は分かりません。しかし2枚の絵で枝の本数が異なるのはケントの心理状態に変化があったことを表しており、捕まっている以上はそれなりの罪を犯していることは確かです。

ジェーン失踪事件と事件の記録

Sさんはこの「消えていくカナの日記」について、ジェーン失踪事件と同じではないかと考えていました。以下のように語っています。

ジェーン失踪事件って知ってますか?以前、ある雑誌の記事で読みました。1980年代にアメリカで起きた事件です。男が女性を誘拐して、自宅のベッドの上に足を縛り付けて監禁した。女性は最初こそ抵抗したものの、逃げられないと分かると、男に従順なふりをして、命だけは助かろうと考えた。彼女は、要求されれば、キスや……体を許すこともあったそうです。

数年後、男は逮捕され、女性は救出された。男は警察に対し、「彼女は僕の恋人。僕を愛しているからずっと一緒にいてくれるんだ。」と供述したそうです。自分で誘拐・監禁していながら、女性の、防衛本能による服従を、愛だと勘違いしていたんです。とんでもない妄想ですよね。精神鑑定の結果、男は重度の精神異常を患っていることがわかりました。その男の名前は…エドワード・サモンド

ケントとカナは、まさにこの二人と同じ関係だったのではないかと思ったんです。

Sさんの推理はほとんど正しいように思えますが、腑に落ちない部分もあります。

ケントがカナの監禁等で捕まっていた場合、ジェーン失踪事件と同様に事件として記録が残っているはずです。しかし作中ではそんな事件記録は紹介されていません。Sさんは「消えていくカナの日記」について警察に報告していますが、その後を知りたくないという気持ちがあったようなので意図的に事件について調べていないことも考えられます。

しかし記事を書いた雨穴さんもケントが起こしたであろう事件に言及していないことから、そもそも記録が残っていない可能性が高いです。とはいえ前述の本のことから、ケントという人物は間違いなく存在していたでしょう。何か事件を起こして捕まったのも確実です。

ではカナはどうでしょうか?本当に存在していたのでしょうか?カナという人物が監禁されていた、殺害されたという記録がないのであれば、いったいカナはどうなってしまったのでしょうか。

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カナは存在していなかった説

この作品の僕の結論は「カナという人物は存在していなかった」です。

そもそもカナという人物を僕たちが知っているのは、ケントがカナのことをブログに書いていたからです。僕たちはケントを通じてカナを知ったのです。カナの情報は全てケントから発信されていたものです。カナに関する情報で確実なものはひとつもありません。カナが実在しているという証拠はないのです。

ではカナとは何だったのでしょうか。僕はこれをケントの中に存在していた別の人格だと考えました。以下が僕の考えた「消えていくカナの日記」の真実です。

ケントという人物は精神疾患者で罪を犯そうとしていた(あるいはすでに犯していた)。もう自分自身では抑えようのないものであった。
そしてカナはケントの中の真っ当な人格だった。「消えていくカナの日記」というタイトルは自分の中の真っ当な人格が消えてしまい罪を犯しそうになっているということを暗示している。カナの絵による「タスケテ」とのメッセージはケントの深層心理の声。ケントは心の奥底で罪を犯す前に助けを求めていた。
ケントが捕まった理由は不明だが結局それなりの罪を犯してしまった。ケントの絵にある「切断された枝」から考えると殺人だと思われる。カナについての事件記録が残っていないのは、そもそもカナは存在していないから。

ということではないでしょうか。

そしてこの作品は以下の一文で幕を下ろします。

外側からは見えない「内側」の絵を描いてしまう例は、いくつかの精神疾患においてよく見られます。現実と想像の区別があいまいになっているのです。

”内側”とはケントの中のカナのことで、内側のカナが絵に現れていた。ケントの“想像”とは「カナと付き合っている」ということではなく「カナそのもの」だった、ということでしょうね。


はたしてこの考察が正しいかどうかはわかりません。創作を創作とわかっていてなお考えることに答えはありませんので。

もち
もち

こうやってひとつの作品について深く考えることができるのは楽しいですね。「消えていくカナの日記」皆さんはどう思いますか?

雨穴 (著)、飛鳥新社(出版社)
雨穴 (著)、飛鳥新社(出版社)

出典:【奇妙なブログ】消えていくカナの日記

コメント

  1. あなたの推理を読んで非常に共感しました。カナとは元々存在してない説に一票です。ブログの内容も空想のカナが消えていく……というか本人の心が崩れていく様を記録してるようにも思いました。
    ただ1つ気になったのは精神異常者って、あんなにまともな文章が書けるのか?と疑っています。

    • コメントありがとうございます。
      精神異常といっても種類や程度はあると思います。
      ケントの場合は一見すると普通に見えるが、人としての重要な機能が欠落しているタイプではないでしょうか。
      例えば他人の感情を理解できない、倫理観が弱いなど。
      犯罪に対する抵抗がない、抑えられないという点で異常があるのだと思います。だから文章はまともに書けると考えます。

  2. この元の動画を今日の昼に見ました。不気味な雰囲気と、上手とは言えない音声設定(音量の強弱やマイクが近いせいで口を開くときの僅かな音)、なぜか引き込まれる語り口調。気付けば全部観ていました。
    動画の冒頭では、あなたと同じことを考えながらみていました。恋人と見せかけた多重人格者だと。けど、マッサージのくだりから違和感を覚え、日付のメッセージと最後の絵と始まりの事件のつなげ方。全てにおいて物書きの技術力の高さと、微妙に残るモヤモヤ感から考察する余地が残されている。
    記事自体もすごく面白かったです。ありがとうございます。

    • コメントありがとうございます。
      雨穴さんの動画は本人含めて不気味な雰囲気作りが上手ですよね。
      僕もこのような考察をしてみましたが、実際は動画で説明されていることがすべてのような気もしています。
      雨穴さんの作品は考える楽しさがあるので気に入っています。

  3. この話は僕も好きです

    僕もあなたと似たような考え方をしていました

    カナという名前を

    ケントの”中”の人格というのにかけてるのかなと思います

    でもそれくらいしか思い浮かばなかったので,凄いなと思いました

    • コメントありがとうございます。
      カナが”中”というのは面白いですね!ケントの中の人物がカナという説にもピッタリです。

  4. 私も、カナは存在しなかったのかな、と思い
    考察記事を探してこちらに来ました

    多重人格でストッパーだったカナが消えるということを
    ブログタイトルで示唆していたという考察や
    コメントで書かれていた カナ → ナカ(中)など
    なるほどと思わされました

    私がカナはいないと思ったのは
    シンプルなんですが
    雨穴さんの最後の一言
    『現実と想像がごちゃまぜになっているのです』が
    かなり強調されていたところに引っ掛かりをおぼえたからです。

    あの部分がこの動画の重要なワードということなのであれば
    動画内で出されていた、
    脳みそを描いてしまっている絵や
    ケントの木の根の部分と同様に
    カナもまた
    ごちゃまぜになって表出してしまった
    ケントの妄想なのではないかな、と思ったのでした。

    • コメントありがとうございます。
      まさに私もその考えの通りで、カナはケントの中にいたと考えています。
      雨穴さんの動画での語り方も作品のヒントになっているのでしょうね!

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